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ハイキングに行こうトップ 赤松円心の白旗城合戦で有名な赤穂郡上郡町の白旗山に登ってみましょう。 『白旗山』 赤穂郡上郡町 (2008年1月号に掲載) 目に心地良いコケの道と城跡からの展望
上郡町の中心部から千種川沿いに国道373号を北へ、赤松円心橋を渡ると山のふもとに大きな看板が見える。細野口バス停を右に曲がり、小川の手前に車を止める。 獣よけのさくを開けて山の中へ入り、広い道を歩く。すぐ先の脇道には白旗城合戦の戦死者の供養塔を集めた白旗城跡山麓五輪塔群、白旗神社・栖雲寺跡がある。広い道に戻り、トイレを過ぎると本格的な山道になる。横の渓流は水が少なく、途中で水がなくなって登山道と合流し、ゴロゴロとした岩の道が続く。高い木が多くて少し薄暗いが、岩に付いたコケの緑が目にやさしい。やがて道は階段状になりさらに上る。野桑への峠まで来ると明るくなり、そこからは尾根沿いに歩く。峠のお地蔵さんが行き先を指さす姿が妙にかわいい。櫛橋丸跡への分岐を過ぎ、少し行くと二の丸跡、そして山頂の本丸跡に着く。山頂は広くなっていて、木のすき間から千種川やふもとの村が見える。 三の丸跡にも立ち寄り、帰りは櫛橋丸跡を回るルートを通る。櫛橋丸からの下りが滑りやすいのと、岩につまずかないよう注意して戻ると、約3時間のコース。時間があれば、ふもとの村々にある円心ゆかりの史跡を巡るのもおもしろい。
■赤松円心(本名:則村)・・・南北朝時代、北朝の足利尊氏につき、南朝・後醍醐天皇側の新田義貞率いる6万の軍勢による攻撃に50余日耐え、その活躍をたたえられて播磨守護職に任命される。白旗城は1336年の築城で1441年の嘉吉の乱で赤松氏が滅ぶまで播磨、備前、美作の守護大名 赤松氏の本城だった。現在の残る城郭は赤松氏以降の戦国時代に築かれたもの。
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